今回のI.S@nu Magazineでは、ITの発展の根幹となる情報理論のエキスパート・古市茂教授に登場していただきます。情報理論とは何かをはじめ、情報理論の発祥や、情報理論と日常生活との係わりについても語ってもらいました。ゼミの進め方や情報理論を学ぶことで身につく能力、果ては、趣味の音楽まで、古市先生がどんな研究をして、学生とどう交流しているのかを、とくとご覧あれ。

>> 先生は、どんな研究をしているのですか?

学部生のときは、数学科に所属していて、応用線形代数をやっていました。大学院では、量子情報理論や量子力学を基礎とした情報理論に取り組み、現在も研究を続けています。

>> 情報理論とは、どんな学問?

1948年に発表された論文から始まったのですが、アメリカのベル研究所にいたクロード・シャノンという研究者が、それまであいまいな概念であった情報を、エントロピーを使って、bit(ビット)という単位で定めました。次に工学技術と結びつけるため、データを圧縮できる限界を示しました。

>> 難しそうですね。

分かりやすくいうと、例えば、長さを測るとすると、南極で計っても、北極で計っても、10センチは10センチなのです。温度にしても、同じです。長さも、温度も、誰でも簡単に測ることができます。シャノンさんは、情報の量も、誰がどこで測っても分かるように定義するべきで、情報という量が持つべき条件を満たす関数はただ1つに決まるということを示しました。

>> なるほど。それによって、どんな変化が生まれたのですか?

そこから色々な符号化方法が発展していきました。現在、様々な圧縮解凍ソフトが使われていますが、圧縮解凍ソフトの大元には、シャノンさんが示した情報源符号化理論が使われています。シャノンさんが示した1つの流れは、情報を圧縮して便利に使えますよ、ということです。

>日常生活の中で、情報理論が使われていることはありますか?

コンピューターを使っているときにファイルを保存しますが、Word(Microsoft社)で日本語の文章を書いても、その文字がそのまま保存されているわけではなく、「0」と「1」のバイナリに置き換えられたものが保存されます。ファイルを開き直したときに、それが復元され、人間が読むことができる文字になります。そういうところでも使われていますよ。

みんなはよく、携帯電話やスマホで撮った写真を友達にメールで送ったりするよね。自分の携帯の画面にも、友達の携帯の画面にも同じ写真が表示されるけど、その仕組みも、大元にはシャノンさんが示した情報源符号化理論が使われているんだって。

>> ゼミでは、どんなことを学ぶのですか?

3年生からゼミが始まるのですが、ゼミの最初に学生にアンケートを取り、僕の専門の中で、情報理論か、線形代数の行列のどちらに取り組むのかを決めます。1回だけ行列をやりたいという学生たちがいたのですが、それ以外は情報理論を学んでいます。

>> 情報理論の学習は、どのように進めるのですか?

3年生のときは、教科書として選んだ本を読んできてもらい、ゼミのときに問題を証明しながら、学習を進めます。次にスタンダードな専門書に取り組みます。専門書に引用されている論文を取り寄せて、さらに詳しく研究を進めることもあります。そこで興味を持った課題があれば自分で深く探っていくことになります。その中で、研究テーマとして新しいことを見つけたり、文献に書かれているアルゴリズムに従って自分でプログラムを作ったりというところまでもっていければなと思っています。

>> ゼミを通して、どんな能力が身につきますか?

僕のゼミでは、プログラミングよりも理論的な部分に取り組むのですが、物事を論理的に考え、それを証明する能力が身につきます。証明とは、自分を含めて相手を納得させることです。人を納得させることは簡単にはできませんから、その能力を身につけるためには、時間をかけて訓練していかなければなりません。

>> 卒業生はどんな分野で活躍していますか?

システムエンジニア、教員、公務員、大学院進学、一般企業など、進路は千差万別です。ただ、学生は、22歳で卒業したとして、40年以上、社会で働くことになります。コンピューター言語は変わってきているのですが、ものの考え方やアルゴリズムは変わらないので、学生には、社会に出てから40年間使える論理的思考能力を身につけてほしいと思っています。

情報理論の学習では、ときにギャンブルの話が出てくることもあるんだって。また、みんなは『ビューティフル・マインド』(2001年=アメリカ)という映画を知っているかな? 1994年にゲーム理論の経済学への応用に関する貢献によりノーベル経済学賞を受賞した数学者、ジョン・ナッシュさん(1928年−2015年)の半生を描いた作品で、アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演女優賞、脚色賞を受賞したよ。古市先生の専門分野は、そういった話にも繋がっていくそうだよ。


古市 茂 Shigeru Furuichi
[情報理論・行列解析]



[教授]「応用線形代数」や「量子情報理論」の研究を行っていたが,近年はそこから派生する数学や情報科学における数理的・基礎的な諸問題に関心を持ち研究をしている。特に、「エントロピー」・「行列(作用素)」・「不等式」が絡み合う研究分野を好んで研究している。2000年、博士(理学)取得(東京理科大学)。


>> ゼミには、どんな学生に入ってほしいですか?

まじめに勉強していただける学生に入ってほしいです。大学生は、4年間分の学費で自由な時間を買っているのだと思います。90分間の1回の授業に、2000円から3000円の学費を払っている計算になります。1年生、2年生には授業のときに、授業を優先することと、時給1000円のアルバイトに精を出すことのどちらがハッピーなのかを考えて下さいという話をしています。

>> これまでのゼミ生は、どんな研究に興味を持っていたのですか?

2000年くらいの時に、絶対音感を持った学生がいまして、情報理論で音楽を取り上げたことがありました。楽譜は符号に置き換えられるのですが、倉木麻衣さんや浜崎あゆみさんなどが流行っていた頃です。エントロピーを計算すると、浜崎あゆみさんの歌はキーが上がったり、下がったりしていて、エントロピーが大きくなりました。色々な楽曲を調べたら、売れている曲はエントロピーが高めになっていました。一連の研究を、「数学セミナー」(日本評論社)という月刊誌に投稿して、記事を載せたことがあります。情報理論は、わりと音楽と関連があるんです。

サッカー女子日本代表の「なでしこJAPAN」は、2011年の女子ワールドカップ・ドイツ大会で優勝したよね。そのとき、ワールドカップには16チームが出場して、8チームがトーナメントに進出したんだ。古市先生のゼミに、サッカーが好きな女子学生がいて、古市先生と一緒に、決勝戦と3位決定戦が行われる前までの対戦結果から、日本とアメリカが対戦した決勝戦(2-2、PKで日本が勝利)の勝敗を予想したんだって。古市先生の計算だと、0.03くらいの差で「アメリカが決勝戦有利」と出たそうだよ。スコアの上では2-2の引き分けなので、ほとんど差がないとした予想は、古市先生自身、「いい線、行っていたなと思いました(笑)」とのこと。

>> 先生の趣味は何ですか?

音楽を聴くことです。オーディオも好きです。オーケストラはあまり聞かないのですが、ピアノとか、ジャズもピアノトリオとか、アコースティックギターとかが好きですね。息子が習い始めたので、自宅にピアノを購入しました。

>> 先生は、ピアノを弾くのですか?

僕はピアノはまったく知らなかったのですが、妻がずっとやっていました。せっかくならと思って、教わりました。楽譜は読めないのですが、「エリーゼのために」(ベートーベン)を丸1年かけて、指の動く順番を全部暗記して、弾けるようになりました。「エリーゼのために」を習い始めてから、その当時のゼミ生には、「弾けるようになったら弾いている動画を見せる」と約束したんです。ところが、習得するのに時間が掛かって、弾けるようになったのは、ゼミ生たちの卒業後でした。

>> それは、残念ですね。

ただ、ゼミ生から、「弾けるようになったらYouTubeに動画をあげて下さい」と言われたので、動画をアップすることを約束したんです。なので、YouTubeで「Shigeru Furuichi」と検索すると、僕が「エリーゼのために」を弾いている動画が出て来ます。ぜひ、お笑い下さい(笑)。


編集後記



ITの世界は日々、進化していますが、ものの考え方や、社会で役に立つ能力は変わらないというお話に、「なるほど」と、うなずいた方も多かったのでは。1948年に始まった情報理論ですが、研究雑誌に掲載される論文の数は年を追うごとに増え、世界中で盛んに研究されているそうです。興味を持った方は、情報理論という言葉に、日頃から注意してみてはいかがでしょうか。